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愛知歴史探訪 源義経編

こんにちは。都タクシーブログ担当のノロです。

 

私はこんなブログを担当しておりますが、そこまで日本史に詳しいわけではありません。

ましてや世界史など、知識が皆無に等しく、本当に有名な人しか知りません。

 

そんな私でも、源義経となると、まあ、日本史のなかではビッグネームとして記憶に残っているわけです。

あまり歴史に詳しくない人だと、「牛若丸」の名前の方がわかりやすいかもしれません。

 

しかしながら、この源義経は、

日本史上の謎の人物として、名前が挙がる方でもあります。

 

なぜ、これほどの有名人なのに、謎多き人物なのか?

 

その一つに、「伝説」と「史実」が入り混じっているからです。

 

前述で「牛若丸」という名前をあげましたが、

武蔵坊弁慶と牛若丸のエピソードはあまりにも有名ですが、

この弁慶と牛若丸のお話は、あまりにも後世に加工されすぎたため、

どれが本当かわからなくなっているのです。

 

実は、愛知県にも、そんな義経の「伝説」を伝える場所がありました。

場所は愛知県あま市。

川沿いの住宅地に、ぽつんと案内板がたっています。

義経弓掛の松とあります。

 

義経が京都に向かう際、こちらで休憩をとったとされています。

しかし、これがいつのことか、調べてもはっきりわかりませんでした。

 

義経がここから矢をはなったところ「百町」ほど飛んで落ちたとされています。

「町」とは、昔の長さの単位で、1町は約109メートルですので、

いまでいえば、10,900メートル。約10キロになります。

 

で、ここから10キロ先へ行ってみました。

実はgoogleで調べると、「義経 矢落の社跡」という史跡としてでてきます。

しかし、行ってみた先は、田んぼでした。

 

 どうやら田んぼの真ん中にある、木がこんもりしたところがそれらしいです。

ちなみに、こちらは、お隣の津島市。

地名は、「百町矢塚」と言います。

 

こういう地名にまで伝説が残っているのが面白いですね。

 

さて、現在の大河、「鎌倉殿の13人」のおかげで、

鎌倉は盛り上がっているという話をききます。

 

しかし、頼朝は名古屋出身で、実は、源氏ゆかりの地というのは名古屋にもいろいろあるわけです。

もうちょっとプッシュできなかったものでしょうか?

 

来年の大河では、ぜひ、愛知県一体となって観光をプッシュしてほしいところです。

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