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愛知歴史探訪 杉原千畝編
こんにちは。都タクシーブログ担当のノロです。
ニュースはいま、ロシアのウクライナ侵攻のニュースばかりですね。
ウクライナの避難民を日本が受け入れるということも報道されていました。
この話を聞いたとき、私が思い出したのは「杉原千畝」という方です。
みなさんは、ご存知でしょうか?
2015年には唐沢寿明さんの主演で、映画にもなった人物です。
杉原千畝さんは、第二次世界大戦下のリトアニアの日本領事館に派遣された外交官で、
当時、ナチス、ヒトラーからの迫害を受け、通過ビザの発給を求めてあつまったユダヤ人の方々に、
「命のビザ」を発行し、避難民を救った日本人です。
彼は、お隣の岐阜県八百津町の出身で、八百津町にはその記念館も建てられています。
父親の仕事の関係で、子供時代に名古屋に引っ越し、
現在の中区の平和小学校そして、現在の瑞穂区の瑞陵高校に通っていました。
瑞陵高校の校門横には、「杉原千畝広場 センポ・スギハラ・メモリアル」が建てられています。
屋外展示型のポケットパークになっているのですが・・・
字が多いんですよね。屋外でこれは厳しいです。
学校の前ということもあるので、
漫画やイラストなどを多用して、わかりやすく功績をたたえた方がよかったんじゃないかな。と私は個人的に思うのです。
当時、日本の政府は、ユダヤ人へのビザ発給を拒否したそうですが、千畝は独断でビザを発行しました。
千畝が派遣期間を終えて、日本に帰ったとき、彼は独断でビザを発行したという責任をとらされ、外務省を解職されています。
以後、彼の日本国内での名誉回復には相当な時間がかかりました。
正しい行いをしたのに、逆に名誉を汚されるということは、ままあることですが、本人からすれば非常に口惜しいことだったと思います。
彼の名古屋在住時代の足取りは、「人道の道」というかたちで、名古屋市内それぞれの場所で紹介されています。
私も今度、時間があれば、ゆっくりめぐってみようかと思っています。
冒頭にお話しした、ウクライナの避難民うけいれは、うがった見方をすれば
政治のパフォーマンスと思われます。
夏の参院選も近く、コロナ・円安・物価高と良いところのない政府が
ウクライナの状況を利用しただけと私は思っています。
杉原千畝のように、信念をもって政治に取り組んでいただきたいと私は常日頃から思っていますが、
そのような政治家は残念ながらいないようです。
少なくとも、私は信念をもって、仕事に取り組んでいきたいと常日頃から思っているわけですが、
信念というのは、えてしていろいろなところから邪魔が入るものです。
今回、杉原千畝のことを再び調べて、改めてそう思いました。