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愛知歴史探訪 家康編11
こんにちは。都タクシーブログ担当のノロです。
来年の大河の主役が家康となり、
地元愛知は俄かに活気づいています。
来年は大河の影響で愛知への来客も増えると良いなと
このブログを書きながら思っております。
さて、家康ゆかりの地をめぐるにあたって絶対外せない場所を今回はご紹介したいと思います。
場所は家康が生まれた、愛知県岡崎市。
岡崎城の近くに、大樹寺というお寺があります。
立派な山門です。
こちらが、徳川家康とものすごく結びつきのつよいお寺となります。
この山門をくぐって振り向くと、
山門の向こう一直線上に岡崎城が見えます。
これをビスタラインと呼んでいます。
寛永11年に時の将軍 家光が日光東照宮の大規模工事を行いましたが、
その際、この岡崎の工事にも着手しました。
その際に、この配置にしたと言われています。
それほど、家康にはゆかりのある寺です。
お寺の横には家康と、松平家のお墓もあります。
桶狭間の合戦時、家康は大高城の兵糧入れを大成功させたのですが、当時ついていた今川側が敗北したため、
家康は自分の生まれ故郷である岡崎まで兵を引いたと言われています。
その際、織田軍の追っ手を逃れてこの寺に入ったのですが、
岡崎城を目前にして、寺の周辺を囲まれてしまいました。
家康は自らの死を悟り、松平家の墓の前で自害をしようとしたところ、この寺の住職に説得され生き延びる決断をしたという伝説があります。
その際、この寺の住職から頂いた教えである「厭離穢土欣求浄土」は、家康の馬印にも用いられました。
こちらの大樹寺の興味深いのは、お寺のなかに、徳川十四代のご位牌がおさめられていることです。
その場所は写真をとれませんでしたので、
案内の看板のみです。
位牌の高さは、すべてその将軍の身長であるといわれています。
私は何度かその位牌を見ていますが、なかなかの迫力がありますので、
拝観料をはらって、見ていただくのがよいと思います。
また、建物の中から見えるお庭には、家康が植えたと言われる椎の木や、
直筆の書のレプリカがあったりして、歴史好きにはたまらない場所になっています。
帰る前に御朱印をいただきました。
御朱印はもちろん、住職が家康に説いた言葉でした。
この言葉の意味は、
「皆が自分の欲望のために戦いをしているから、今は国土が穢れきっている。
その穢土を厭い離れ、浄土をねがい求めるならば、必ず仏の加護を得て事を成せるだろう」という意味です。
なにか、現在の世界情勢においても、これは言えることですね。
戦争も、疫病も、一部の人が金儲けのために利用していて国土が穢れきっている世の中です。
私はつねに、こういった神社仏閣を訪ねたときは、世の中の平穏を祈っておりますが、
なかなかそれはかなわないものです。
………もっとも、ついでに自分の欲望も祈っているからですかね?
それは置いておいて、
少しでも今の世の中がよくなるよう、
タクシー業界の未来が明るいよう、
ついでに私の未来も明るいように、家康公に祈って、大樹寺をあとにしました。