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愛知歴史探訪✏ 信長編3

こんにちは。

今年も残すところ5日を切りました。

 

年末になってくると、私なんかは「来年の大河ってなんだったっけな?」と調べだします。

来年は源平から鎌倉のあたりを題材にしているようで、この地方にはちょっと馴染みがないですね。

 

今年の大河が、渋沢栄一で、来年がそれとなると、戦国時代は二年も飛ばされることになります。

再来年の大河が、家康を題材にしたものになりますので、それまでにこのブログでも読んでいただいて

中部地方の旅行プランなどを立てていただけるとありがたいかなと思う次第です。

 

再来年が家康と言いましたが、愛知県はもちろん家康に大変ゆかりの深い土地柄です。

ですが、このブログでの家康編はもうちょっと置いておいて、今日も信長をやりましょうか!

 

 

さて、前回、前々回と信長の若いころのゆかりの地を紹介いたしましたが、

実は、信長の出生地というのはいろいろと説があるということで、はっきりしないようです。

 

私が子供のころには、伝記などを読むと「信長は那古野城で生まれた」となっていました。

 

那古野城というのは、現在の名古屋城の前に、名古屋市中区にあったとされるお城です。

「海道一の弓取り」と言われた今川義元の父、氏親が築城したと言われています。

 

駿河の今川家はこのあたりまで支配に及んでいたことがわかりますね。

 

その後、信秀が今川氏を追放して、那古野城に入ったとされていて、そこで信長が生まれたというのが

私たちが子供のころに言われていた説です。

 

那古野城はもうすでに残っていませんが、現在の名古屋城の二の丸あたりに城跡が残っています。

 

 

名古屋に来て、名古屋城を観光する方は多いですが、これに気づかれる方はなかなかおりません。

皆さんはぜひ、見てみてください。

 

ところで、

那古野城の跡地についても観光タクシーでは解説してくれるのかな?

 

これを読んだ名古屋のタクシー関係者のえらい人はぜひ、これを観光タクシーの解説に入れてほしいと思いました。

歴史好きとしては、絶対おもしろいところですよねえ。

 

 

……しかしながら、この那古野城出生地説は今は有力ではなく、

勝幡城というところが、いまのところは有力となっているそうです。

 

 

勝幡は、愛知県の愛西市というところにあります。

愛西市は愛知県のもっとも西に位置する市で、岐阜県・三重県との県境にあります。

 

勝幡の駅前には、

ご両親に抱かれた信長の銅像と、その時代のジオラマがあります。

 

勝幡でも信長出生地をプッシュしているようです。

 

 

勝幡の駅から数分あるいたところに、勝幡城の城跡もあります。

 

のぼり旗もたてられていますが、川端の非常にわかりにくい場所にありました。

 

なんと言うか、こういうところをみると、愛知県は観光ベタだなと思うところで、

もっと大々的に信長推しをしてもよいのではないかなと思います。

 

織田信長という方は、歴史上ではものすごく有名人ですが、生まれた場所がはっきりせず、

その出生地と言われる場所をいろいろとめぐって、自分で考察してみる。

文章で読むだけでなく、実際に現地にいってみると、見えてくるものもいろいろあるので、この時間が歴史好きにとってはたまらない時間です。

 

そして、ついでに、おいしい食事でもありましたら、さらに最高です。

みなさんも、歴史ロマンとグルメロマンを求めて名古屋を観光してみてください。

その時には観光タクシーを使うと便利ですよ。

 

今回の歴史探訪は、ちょっとマニアックな場所で攻めてみました。

 

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